札幌地方裁判所 昭和41年(行ウ)11号 判決 1969年3月10日
原告 第一小型ハイヤー株式会社
被告 北海道地方労働委員会
参加人 第一ハイヤー労働組合
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
1 原告
被告が参加人第一ハイヤー労働組合、原告間の昭和三七年道委不第一一号不当労働行為救済命令申立事件につき、昭和四一年七月一四日付でなした別紙記載命令主文第一項、第二項の命命を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第二当事者の主張
1 原告
一 被告は、参加人第一ハイヤー労働組合(以下単に参加人組合と略称する)と原告間の昭和三七年道委不第一一号不当労働行為救済命令申立事件について昭和四一年七月一四日付をもつて別紙命令主文のとおり「原告は参加人組合の運営に介入してはならない。参加人組合の組合員坂下邦雄を配車係に復帰させなければならない。」との救済命令を発し、同命令は同年七月一五日に原告に到達した。
二 しかしながら被告の右命令には次のとおりの瑕疵があり違法である。
(一) (主文第一項の支配介入の点について)被告は本件命令において、原告会社は、訴外西村醇吉(以下西村と略称する)を中心とする参加人組合内の批判勢力と連携を保ちつつ、その活動を援助したとし、原告の右行為は労働組合法第七条第三号の支配介入に該当すると判断しているが、それは左記のとおり事実認定および判断を誤つた違法がある。
(1) 先ず被告は、西村がいわゆる春斗要求をめぐる組合内の動向を分析して、及川対策について会社に進言するにとどまらず、進んで会社職制の協力を期待していたことがうかがわれると判断し、その資料として本件救済命令申立事件の審理における甲第七号証(いわゆる西村メモと称せられ、本訴における丙第六号証を指称する)を挙示する。しかし原告としては右西村から、参加人組合の執行委員長及川静雄(以下及川と略称する)に対する対策について進言を受けた事実もなく、又会社職制が西村から協力を求められたこともない。このことは及川が西村メモを発見した経緯からも明らかであり、また右西村メモと関連した証拠としては及川の証言(本訴乙第一二、一三号証)において、そのメモを発見した経緯と西村はそのメモの記載どおりにやつたという抽象的証言があるに止まり、他にこれに関する具体的証拠はない。
(2) 次に被告は、昭和三七年三月三〇日午後六時頃、市内の旅館「夕鶴荘」において西村等が集会を開いた後、西村が原告の社長宅を訪れていること、その際の車の使用が社用扱とされていることが、原告と西村が連携を保ち会社の用で社長宅を訪問した如く解している。
しかしながら西村が社長宅へ赴いたのは、当日右夕鶴荘で反及川派の者が会合を開き、西村も偶々同会合に出席していたところ、その席上に及川外一〇数名の者がおしかけ、そこで険悪な事態をひき起こし、今後職場内においても混乱が起ることが予見されたため、その事態を急拠社長に報告し、急速に職場内の混乱を未然に防止して貰う必要があると判断し、同人の自発的意思でなしたものであり、何等原告の指示に基づくものではない。
更にその際西村の車の使用が運転日報に社用扱と記載されていることは事実であるが、その事実から当然に終局的に社用扱いとなつたと解することはできない。すなわち、運転日報は乗務員が記載するものであり、運転日報通り所属長が判定したか否かは別に調査、検討を加えないと俄かに社用扱いとなつたとの断定は下せない。そして本件命令においては、右調査、検討を加えず、運転日報のみによつて右事実を認定したものである。そして右運転日報には西村の外に組合員であつた在原、多賀の乗車についても社用扱いになつているのであるから、右運転日報の記載が正確であるかは多分に疑問が存するのである。
(3) 更に被告は病気欠勤中の組合活動につき組合員坂下邦雄が降職処分を受けているのに反し、右西村については不問に付されていることを判断の資料としているが、後述のとおり坂下と西村の場合は事情が異なつているのであるから右事実をもつて支配介入の事実の認定の資料とはなし得ない。
(4) 以上のとおり被告の本件命令の主文第一項については、その基礎となる事実の認定ならびに判断を誤つた違法がある。
(二) (主文第二項の降職処分について)被告は坂下邦雄(以下坂下と略称する)の運転者への降職処分は同人が組合員であることを理由としてなされた処分であり、労働組合法第七条第一号に該当するとし、その理由として前記のとおり西村の場合との比較を挙げる。
しかしながら当時坂下は入院加療中であり、病院において療養に専念すべきであり、原告も常にそのように指導して来た。坂下はそれを無視し昭和三七年四月二八日、積極的に参加人組合の時限スト中の示威集会に参加したことは、会社の指示に違反し、情状が重いと認め、降職処分にしたものである。一方西村の場合は自宅療養中であり、このような場合前例として参加人組合の鳴海普三が自宅療養中に度々組合の会合に出席していた事情に対しても右の理由から不問に付していた。
従つて原告が坂下を降職処分に付したのは、就業規則の服務規律に違反し、その情状が重いと認めたことによるものであつて、同人が組合員であることを理由とするものではないのであるから、被告が右事実をもつて不当労働行為と認定したのは、事実認定および法律解釈を誤つた違法がある。
三 よつて原告は本訴において本件命令中主文第一項、第二項の取消を求める。
2 被告
一 原告の主張第一項記載の事実は認める。
二 参加人組合は昭和三七年六月五日、被告に不当労働行為救済の申立をなし、不当労働行為を構成する事実として後記諸事実ならびにその他の事実を主張したのであるが、被告は右申立に基づき調査ならびに審問を行ない、後記各事実を認定し、右事実は労働組合法第七条第三号、第一号に該当するものと判断し、その点につき参加人組合の請求にかかる救済の申立を認容し、原告主張の命令をなしたものであつて何等違法はない。
(1) 原告会社の従業員によつて組織されている参加人組合は、全国自動車交通労働組合連合会(以下これを単に全自交と略称する)に加盟していたが、昭和三七年二月六日参加人組合は全自交の統一要求に則り、五、〇〇〇円の賃上げ、産業別最低賃金一五、〇〇〇円、運転手の基本給二五、〇〇〇円の月給化など数項目の要求を提出すると共に、これらについて全自交と全国乗用自動車連合会の統一交渉を求めた。これに対し、原告は右統一交渉を拒否し、同年四月七日以降参加人組合との間でもたれた団体交渉もその進展をみないまま、参加人組合は全自交指令による統一時限ストを反復するなど、激しい斗争を展開した。
(2) 当時参加人組合の執行委員長は及川、同副委員長は西村であつたが、右組合の要求を確認するための組合の臨時大会が同年二月五日開催された際、同人等組合執行部の行動が過激であるとの一部組合員の執行部不信任動議が提出され、その動議が可決され、役員改選の結果、一部の執行委員の更迭があつたが、執行委員長は再選され、病気入院中の西村は退任した。
(3) しかるところ、同年三月三〇日午後六時頃から札幌市中の島の旅館夕鶴荘において右西村をはじめ勤務中の者を含め、組合員約三〇名が参集し、執行部の批判および及川執行委員長の排撃などについて話し合い、集会後西村は原告の営業車で当時の原告社長森下宅を訪れたが、その際の車の使用は社用扱いとなつている。
(4) その後同年四月五日、参加人組合は前記要求をめぐり内部結束を図るため、全員集会を開催したが、及川執行委員長らに反対する約二〇名が退場するなどのことがあつて、これらの者は同月一一日第一小型ハイヤー新労働組合(以下これを単に第二組合と略称する)を結成し、翌一二日三五名の脱退届を参加人組合に提出するとともに、相前後して、原告に第二組合結成届を提出し、原告は即日社報でこれを受理した旨公表した。第二組合の執行委員長は西村であり、その組合員数は約六五名、一方参加人組合の組合員数は三〇数名に減じた。
(5) 次いで同年四月二七日第二組合の臨時大会が開催された際、原告は社長以下幹部がこれに出席して、原告案による新賃金体系の説明を行ない、このため同日午後三時から予定されていた組合との団体交渉は行なわれなかつた。なお右第二組合の大会では原告案が了承され、一両日後原告は第二組合との間に新賃金協定を締結し、同年五月一日から協定に基づく新勤務割を実施した。
(6) この間西村は右組合の要求をめぐる組合内の動向を分析して、及川執行委員長対策について原告に進言するとともに、原告会社職制の協力を求め、更に前記の如く夕鶴荘の集会後直ちに社長宅を訪れ連絡するなどの行為があつたところ、原告はこれに対応して西村の使用する営業車を社用扱いとし、また西村は当時病気欠勤中であるに拘らず、後記坂下の場合と異なり、その行動を不問に付するなど、前記参加人組合の要求に関し、早期解決をはかるため、西村を中心とする組合内の批判勢力と連携を保ちつつ、その活動を援助して組合の運営につき支配介入をなしたものである。
(7) また原告は参加人組合の執行委員坂下が私傷病のため入院加療中、同年四月二八日原告菊水支店前の組合職場集会に参加したことを理由に、同年五月七日配車係から運転手に降職したが、これは同人が組合の所属であるが故になされた不利益取扱いである。
三 以上のとおり、本件命令には原告が主張する如き違法はないから、原告の本訴請求は失当であつて棄却さるべきである。
3 参加人
一 本件命令によつて救済された不当労働行為は原告、参加人組合間の左の如き紛争状態の中で行なわれたものである。
(1) 参加人組合は昭和三一年一一月に結成され、以後会社の従業員全員を構成員として活動し、当時全国旅客自動車交通労働組合連合会といわれた現在の全自交に加盟した。
(2) 昭和三七年、参加人組合は全自交の指導の下に、統一要求をもつて春斗を行なうことになり、同年二月六日、五、〇〇〇円の賃上げ等数項目の要求を原告に提出し、併せて全自交と全国乗用自動車協会の統一交渉を求めた。原告は統一交渉については態度が未定であるとして一ケ月間団体交渉を行なわなかつた。三月六日に至り原告と参加人組合間において第一回団体交渉が開かれたが、原告は参加人組合の要求に関しては何ら触れない態度に終始した。原告はその後も参加人組合の団体交渉開催の要求に応ぜず、かえつてこの間本件命令において支配介入であるとされた同年三月三〇日の夕鶴荘における集会が行われる等、参加人組合の団結を阻害することを行なつた。
(3) その結果同年四月七日に開かれた第二回団体交渉においては、出席した参加人組合の執行委員のうち、その四日後の第二組合結成に積極的に参加した者等は、要求事項に対する会社の非難、難くせに同調して組合の態度を非難する挙に出たりした。この間、その後第二組合執行委員長となつた西村は前記のいわゆる西村メモを作成し、原告と意思を通じて計画的に参加人組合の団結を破壊する行為を行なつた。
(4) 同年四月一一日、会社と意思を通じた西村を中心として三五名の組合員が一括して脱退届を提出して、参加人組合を脱退し、同時に右西村を執行委員長として第二組合が結成された。会社は即日これを受理した旨社報に掲載し、これを社内に掲示するなど、この事態を歓迎する態度を示した。
(5) 次いで原告は、参加人組合との同月一四日における団体交渉において、参加人組合の要求を全部拒否する回答を行ない、それ以後は実質的な団交は行なわれなかつた。これに反し原告は第二組合に対しては、新賃金体系を内容とする賃金案を示し、同年四月二七日には参加人組合との団体交渉をするとの約束を破つて、社長以下全幹部をひきいて第二組合の大会に出席してこの賃金案を説明するなど、露骨な差別取扱いを行なつた。
(6) 更に原告は五月一日、第二組合との間に妥結した新賃金体系の実施を口実にして勤務替えを行ない、参加人組合員に対しては新車から下して、古い車を割り当て、差別を行なつた。
(7) 次いで同月七日、原告は参加人組合の組合員である坂下に対して入院加療中に組合活動をしたことを理由に、配車係から運転手に降職処分にした。これは、同月四日、第二組合員に暴行を加えたことを理由に懲戒解雇された当時の参加人組合員富沢彰に対しては、同人が組合を脱退し、第二組合に加入すると同時に撤回されたことからもいつて、組合員であることに基づく差別待遇であり、同時に組合の運営に対する支配介入である。
第三証拠<省略>
理由
一 被告が、参加人組合と原告間の昭和三七年道委不第一一号不当労働行為救済命令申立事件について、昭和四一年七月一四日付をもつて別紙命令主文を主文とする救済命令を発し、同命令が同月一五日に原告に到達した事実は当事者間に争いがない。
二 原本の存在ならびにその成立につき争いのない甲第一および第四号証(いずれも後記信用しない部分を除く)、乙第一二および第一三号証、丙第七号証(後記信用しない部分を除く)、成立に争いのない甲第二号証、丙第一ないし第六号証および第一〇号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる丙第八、第九、第一五および第一七号証、証人西村醇吉、同佐藤政男、同及川静雄および同坂下邦雄の各証言(証人西村醇吉、同佐藤政男の各証言については後記信用しない部分を除く)を総合すれば次の事実が認められる(以下認定中単に月日のみの記載はいずれも昭和三七年の当該月日を指す)。
(1) 参加人組合は上部組織である前記全自交に加盟し、昭和三七年のいわゆる春斗において全自交統一要求に則り、二月六日原告に対し、五、〇〇〇円の賃上げ、産業別の最低賃金を一五、〇〇〇円以上とすること、運転手の基本給を二五、〇〇〇円以上とすることなどの数項目の要求およびその交渉権を前記全自交に委譲したので、原告においても業者の上部団体において団体交渉に応ぜよとの要求を提出した。これに対し原告は三月六日に開かれた第一回の団体交渉において、上部団体による交渉は業者の上部団体の態度が定まらないので拒否する旨回答し、右要求の諸項目については何等実質的な交渉に入らなかつた。
これに対し参加人組合は三月二〇日以降、全自交の統一斗争として時限ストライキを繰りかえし、その後右要求についての団体交渉は四月七日まで開かれなかつた。
(2) 参加人組合は右要求を提示する前日である二月五日、要求項目を確認するための臨時大会を開催したが、右大会において当時代議員であり、後に第二組合の結成に参加した中村、小沢、竹村らから現在の及川執行委員長らの方針は過激でついていけないとして執行部全員の不信任決議案が提出され、執行部が総辞職のうえ改選の結果当時副委員長であつた西村が退き、副委員長には和田、その他前記中村、竹村および遣田の三名が新たに執行委員に選出された他はいずれも従来の執行部が再選された。
(3) その後三月三〇日、右及川を中心とする現執行部に批判的な立場をとる前記和田、竹村ら二〇数名の者が主として及川を組合から排斥することを目的にその方策等を協議するため、札幌市内の旅館「夕鶴荘」で集会を開いた。西村は当時病気療養中であつたが前記中村から連絡を受けて、地連の情勢等を説明するために出席した。右集会は午後一〇時頃散会したが、西村は集会後直ちに当時の原告会社の社長である森下宅を訪れて右集会の模様を告げ、組合内部の紛争につき報告をしたが、その際西村は営業車を使用し、その使用は社用扱いになつている。
一方、西村はこれに先立ち同年二月頃、いわゆる西村メモを作成したが、同メモは(1)全自交の動向の分析や、(2)業者の組織であるハイヤー協会がそれに対処すべき方法として、(イ)春斗の不統一をねらい足並を乱す為統一行動不参加又は地連脱退を策し、できれば脱退に踏込ませること、(ロ)それができれば及川らが動き得なくなる旨および、(3)参加人組合についての具体的方策として、(イ)会社は賃金カツトをする、組合はその補償をしなければならずその時が問題であるから及川を泳がせておく、(ロ)管理職、穏健派の人間関係を強化する、(ハ)及川と和田のあつれきを利用する等原告の協力を得て参加人組合内部の統一を乱すための手段等が記載されている。しかして西村は右西村メモを作成した当時、入院中であったが、前記中村、遣田らを通じて右メモの内容に盛られた考え方や方策を原告に通じさせようとした。
(4) 参加人組合は四月五日、要求項目の確認、内部結束の強化を図るため臨時大会を開いたが、和田副委員長らが現執行部を激しく非難し、二〇数名の者が退場する等混乱した。
(5) その後に開かれた四月七日の団体交渉は原告の要請で執行委員全員が出席して行なわれたが、組合側の要求項目の説明に終始するうち、前記中村、竹村、和田ら参加人組合側出席者からも、単一労組の交渉で産業別最低賃金の交渉をするのはおかしいとの会社の主張に賛成する意見が出され、後日参加人組合の要求を訂正して提出することにして終了した。
(6) 同月一〇日に開かれた団体交渉では、参加人組合が右訂正書を提出したが、その席上でも前記中村、竹村、遣田らから、委員長が勝手に要求を訂正されては困る等の意見が出され、再び混乱のうちに実質的な交渉をしないままに団体交渉は終了した。
(7) その翌日である同月一一日に前記西村、和田、竹村、遺田ら三五名の者は第一小型ハイヤー労働組合(前記第二組合)を結成し、翌一二日に右第二組合を結成した者全員が参加人組合に脱退届を提出し、原告に第二組合結成の届出をしたが、原告は同日直ちに社報をもつて右届出を受理した旨を公示した。
(8) その後同月一四日開かれた原告と参加人組合の団体交渉において、原告は参加人組合の要求はすべて拒否する旨の回答をした。これに対し原告は第二組合とはその要求項目につき団体交渉を行ない、四月二七日には原告の社長以下の幹部多数が第二組合との会社案の説明会に出席したため、同日に予定された参加人組合との団体交渉は開かれなかつた。
その後第二組合は原告の提案した賃金案どおりで妥結し、その賃金案は五月一日から実施された。
(9) 原告は五月七日付をもつて坂下を私傷のため入院加療中にも拘らず四月二八日の時限ストライキに参加したことを理由に、配車係から運転者に降職処分にした。右四月二八日当時坂下は、昭和三六年九月に骨折した事後的治療のため国立札幌病院へ入院していたが、当時は歩行練習をしており、また時限ストライキ中の職場集会が開かれた場所は右病院から約一〇〇米位離れた原告菊水支店であり、右坂下は参加人組合の財政部長として組合員らに争議中の賃金カツト分の補償をするために午前一〇時頃その集会に赴き、右賃金カツト分を交付し直ちに病院へ戻つたものでその間約三、四〇分であり、その二日後である四月三〇日には退院のうえ、翌五月一日から出勤していた。
(10) 右坂下が処分される以前の五月四日、当時参加人組合の組合員であつた富沢彰が同僚とけんかの上傷害を与えたことを理由に懲戒解雇処分に付されたが、後に再雇傭となり、右富沢と共にけんかをした池田和典も同月七日付で懲戒解雇されたが、後に右処分が撤回された。右両名はその後は第二組合に加入し、その他処分後に再雇傭処分の撤回がなされた者はいずれも後に第二組合に加入している。
以上の事実が認められ、右認定に反する甲第一および第四号証の一部は直ちに措信し難い。
三(一) 右認定した事実を総合すれば、原告は西村らを中心とする参加人組合内の執行部に対する批判勢力と連携を保ちつつ、その活動を援助し、これを助長したこと、および原告は参加人組合の組合員である坂下を、参加人組合の組合活動をしたことを理由に降職処分に付した事実を認めることができる。
(二) 原告は、前記西村メモは原告の関知するところでなく、また原告は西村から及川対策につき進言をうけたこともない旨主張し、たしかに原告側の誰かが右メモを読んだり、西村からこれを交付されたりしたとの証拠はなく、また前掲丙第七号証、証人西村の証言の各一部には、同メモは専ら組合内部において及川らを中心とする共産党の影響力を排除することの方策を目的として心覚えのため作成したもので、原告側と相通ずる目的のためではなく、且つ及川対策につき原告に進言したことはない旨の供述も存するが、前記認定の丙第六号証(西村メモ)の内容自体原告側との連携を策し、且つこれを目的とした記載と読みとれるところ、証人西村の証言の一部にも右が少なくとも主観的には会社の協力を期待していた旨ならびに前認定のように遺田、中村らに対し、右メモの内容につき会社に通じた方がよいと伝えた旨の供述が存することからしても、右西村メモそれ自体が直接原告側の手中にわたつたり、その目に触れたことのない事実は、そのメモの内容に盛られている思想につき西村と原告間に連携があつたと認定する妨げとはならず、且つ前記及川対策につき会社に進言した事実がない旨の西村の供述も直ちに措置し難い。この点についての原告の主張は採用しない。
(三) また、原告は前記夕鶴荘における集会後に西村が社長宅へ赴いたのは、右集会に参加人組合の及川委員長等一〇数名の者が押寄せ、不穏な空気となつたため、今後職場内において混乱が起ることが予想されたため、未然にその混乱を防止するため、右事情を自発的意思に基づき社長に報告したにすぎないと主張し、前掲丙第七号証、証人西村の証言の一部によると、右集会の場へ及川らが押しかけて相当険悪な空気を残して散会した事実は認められる(証人及川の証言中これに反する部分は直ちに措信し難い)。そして右西村の供述の一部によれば右社長宅訪問の目的は専ら右原告主張の趣旨のものであつたというのである。しかし乍ら、前記認定の趣旨の下に執行部に批判的な者らによる集会が開かれた後、組合内部の紛争につき社長へ報告するという行為自体を前記西村メモの判断に示したように同メモ自体から窺われる西村と原告との連携その他前認定の事情とを合せて考慮すると、その訪問の目的が単に右険悪な空気が発生した事態を報告し、その事後処理を要請したに止まるものとは認め難く、進んで組合内部の情勢報告の意味をもつと考えざるを得ない。(因みに、原告側で右西村の報告に基づき職場秩序維持のため何らかの具体的方策が直ちに採られたと認めるに足る証拠はない。西村の訪問が夜間急拠そのことを主目的として行われたとすれば、原告がそのまま放置したことはいかにも不自然である。)よつて、西村の右社長宅訪問が、右原告の主張の理由のみによつてなされたとの前掲供述はたやすく措信し難く、他に前記原告の主張を首肯せしむるに足る証拠はない。従つてこの点に関する原告の主張も理由がない。
なお原告は本件命令が右西村の社長宅訪問が原告側の意思によつたものと認定した違法があると主張するが、本件命令自体は西村の右行為が原告側の意思によるものとは認定していない。そして当裁判所も右訪問が予め原告側の具体的指示によつたとまでは確認できないけれども、その訪問が西村の意思に基づくことはこれと西村との連携があつたことの証憑とすることの妨げとなるものではない。
(四) 原告は、運転日報(丙第八号証)に社用扱いとされていても、これが真実社用扱いとされたと認めることはできず、現に甲第三号証によると参加人組合の及川が、丙第八号証によると同じく多賀等がした各非社用のための営業車の使用も運転日報の記載には社用扱いとされていると主張し、前掲丙第七号証、証人西村および同佐藤の証言の各一部には右主張に副う部分も存するが、右は前記証人坂下の証言に照らし直ちに措信し難く、また証人佐藤の供述の一部によれば、右丙第八号証中右多賀、在原らの乗車は会社の業務による乗車であること、および右証人坂下の証言によれば、甲第三号証中及川の右乗車は争議が激烈をきわめ、原告もロツクアウトをもって参加人組合に対抗し、会社の業務の運営が正常になされていなかつた時期のものであるからいずれも右原告主張の裏付とするに足らず、他に前掲丙第八号証中本件西村の乗車についての記載が真実に反すると認めしめる証拠はない。この点に関する原告の主張も採用できない。
(五) 更に原告は前記坂下の降職処分につき、右は同人が入院加療中の身でありながら原告の指示に違反し組合活動をしたのは原告の服務規定に違反し情状が重い場合であるのに拘らず、本件命令が単に自宅療養中の西村の組合活動を不問に付したことと比較して、これを不当労働行為にあたると認定したことは、これまでにも参加人組合の書記長鳴海が同じく自宅療養中に組合活動をしたことを不問に付していることを看過して事実の認定ならびに法令の解釈を誤つた違法があると主張する。
なるほど前記証人西村および同及川の各証言の一部によれば、西村は前記夕鶴荘での集会が開かれた当時自宅療養中であり、右鳴海も自宅療養中に組合活動に参加したがそのことで処分を受けていない事実が認められるので、西村の病気欠勤中の組合活動が不問に付されたのはそれが自宅療養中なるが故であると認め得ないでもない。しかして甲第四号証によると、原告が坂下の降職理由として挙げているところは、直接には同人が四月二八日の職場集会に出席した事実であり、それが組合活動の参加を理由とするものでありながら不利益処分の許される理由として原告の責任者は、それが同人の私傷病による入院欠勤中であつたことにより、就業規則第七章第三項(ア)に規定する「服務規律に違反し情状が重い」場合にあたり、右入院欠勤中の組合活動の如きは、病状が回復したならば直ちにこれを会社に届け出るか、または入院を要する程の病気という届出の内容と現病状の相違という点から、就業規則第三章第二項(エ)の「勤務に関する手続きまたはその他の届出を怠ることなく正確に届け出る」べき義務に違反し、この点で前記就業規則第七章第三項(ア)にいう服務規律違反であつて情状が重い場合であるとの説明をしている(甲第四号証の速記録一四一丁ないし一四六丁)。
しかしながら、右入院加療中の者が組合活動に参加した事実を捉えて直ちにその様な届出義務違反があつてひいて懲戒事由としての服務規律違反となるという解釈はいたずらに右届出義務の内容を拡大するものであつて直ちに賛同し難い。尤もそれとは別に病気欠勤中の者が、その欠勤の趣旨に反してその休暇時間を病気療養以外の目的に利用しながら使用者に対しては依然病気療養中である旨偽つている様な場合とか、又は、その時間を病気療養以外に費やすことによつて健康の回復を著しく遅滞させ、早期の職場復帰を遅らしめているなど、被用者側の背信性が顕著な場合には信義則上使用者はこれを理由に不利益処分を課することが許される(その対象とされた行為が組合活動である場合でも不当労働行為の成立を阻却する)余地のあることも考えられるが、それには、右被用者の行為が明らかに病気療養の目的を逸脱し、且つ他方平たくいつてその様な行為をなし得る以上、通常の業務にも復し得る能力を備えたと認め得るのに故意に病気欠勤をこれに利用する場合であるとか、又は明らかにその行為が病気の回復を遅らせ、それによつて使用者の業務の運営に著しい支障を来すような場合でなければならないと解すべきである。そうだとすれば、これを個々の病状と行為の態様を具体的、相対的に判断すべきであり、一律に自宅療養中ならば処分の対象となし得ないが入院加療中ならばその処分が許されるという性質のものとはいい難い。さらにその対象行為が組合活動であることによつてその情状が重い(前記背信性が顕著である)と解してならないことは労働組合法第七条の法意に照らし明らかであり、かえつてその背信性は前示のとおり同条の阻却事由として働くものであるからその存否には慎重な判断がなされなければならない。
これを本件についてみると、坂下の組合活動は、すでに同人の属する参加人組合による時限ストライキの期間中のことであり(そのストライキが違法ストであるとの証拠はない)、抽象的には同人の労働力不提供自体が許容される場合であつたところ、原告が右坂下の処分に際し特段の調査をしたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて前記二(9)で認定した坂下の右行為の態様からすれば、それが入院加療中に行われたからといつて、これを自宅療養中の者の行為と区別して特に情状が重いとは認められず、且つ右行為の態様自体労働組合法第七条の適用を排除し得るほどの背信性が存するとは認められず、結局本件降職処分が右組合活動を理由として行われた以上、右入院療養中であつたことは何らその不当労働行為性を喪失するものではない。原告のこの点に関する主張も理由がない。
(六) 他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
四 そうだとすれば以上判示の原告が参加人組合内部の執行部批判勢力と連携を保ちつつその活動を援助し、これを助長した事実は労働組合法第七条第三号の支配介入に、また前記坂下に対する降職処分は同人の組合活動を理由とするものであるから同法同条第一号の不利益取扱いにそれぞれ該当するというべきである。よつて原告に対し右参加人組合の運営に対する介入の差止ならびに将来の同種行為の不作為と、坂下の原職復帰を命じた本件命令には何ら事実の認定ならびに法律解釈を誤つた違法はなく、原告の本訴請求は失当であるから棄却すべきである。
五 よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎 松原直幹 吉原耕平)
(別紙)
主文
一 被申立会社は、申立組合の運営に介入してはならない。
二 被申立会社は、申立組合の組合員坂下邦雄を配車係に復帰させなければならない。
三 申立組合のその余の申立てを棄却する。